一番長くやったアルバイトは、八王子でやっていた酒屋でのアルバイトですね。2トントラックを運転して、飲み屋さんとかにお酒を配達する仕事でした。
駐車禁止の場所にトラックを止めて配達する事があるんで、それが嫌でしたけど、自分の中ではかなり理想的なバイトでした。自分が思い描いていたような完全に肉体労働のアルバイトで、けっこう大変でしたから。そのアルバイトは張り紙かなんかを見て応募したんですね。
アルバイト探しっていうと、昔はみんな張り紙でしたよね。
アルバイトをすると、自分の暮らしている環境では出会わないような、違う世界の人たちと接触するじゃないですか。酒屋のバイトだけに限りませんけど、それが面白かったです。元暴走族の人とか、おじさんになっても一生酒屋でバイトをしていますって感じの人とか。ちょっとマッチョが入った体育会系の世界というか、やっぱり美大とかいっちゃった自分の世界とは違うんだなって確認しましたね。そういう人たちを一歩引いて観察してるような感じでしたけど、そこが面白かった。
酒屋の配達は、1人の時もあれば2人一組でやる時もあるんですけど、元暴走族の人と組んで配達していた時に、一度だけその人に家に連れていかれた事がありました。配達の途中だったんですけど「ここら辺、俺の家の近くだから寄っていけよ」なんて言われて、怖いから「サボったらダメだよ」とも言えなくて、そのままついていきました(笑)。
その人は僕よりも若いくせに、結婚して子供もいるんですよ。それで家に上がってみたら、なんかよくわからないけど、小さい部屋に「何人家族いるの?」ってくらいいろいろな世代の人がゴチャゴチャいて、子供がいっぱい走り回ってるんです。
この中の誰がお父さんで誰がお母さんなのか、そういうのがまったくわからない。僕が家に上がっても、誰が挨拶をするわけでもない。
座敷に座っていたら、すごくキレイでデコラティブなコーヒーカップを出してくれたんですけど、そこにコーヒー牛乳を注ぐんですよね。ああこの家はこういう文化なんだなって思いました(笑)。
元暴走族の人は、そういう人だったので、一緒に車に乗っていてもあんまり話す事がないんですよ。ただ、当時『瀕死のエッセイスト』(96年角川書店)の構想を練っていたこともあって、車の中で彼に対して、死について語ってたような記憶があるんですよね。「最近、“死”や“人生”について考えるんですよ」って(笑)。相手にしてみたら「嫌な奴を車に乗っけちゃったなあ」って思ってたんじゃないですか。“変なヤツ”という意味ではお互い様ですよね (笑)。 |