スターアルバイト烈伝
アンジャッシュ
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PROFILE

児嶋一哉 (こじま かずや)1972年7月16日生まれ。東京都八王子市出身。
渡部建 (わたべ けん) 1972年9月23日生まれ。 東京都八王子市出身。
2人共にスクールJCA一期生(人力舎が開設したタレントスクール)。同級生コンビに憧れた児嶋が渡部を誘い、1993年にコンビを結成。「爆笑オンエアバトル」(NHK)では5代目チャンピオンに輝き、実力派のお笑い芸人であることを証明した。その後、歌番組の司会や、CDデビューも果たし、現在は「エンタの神様」(NTV)、「未来予報201X」(NTV)、「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」(TX)など人気番組のレギュラーを数多くこなしている。

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アンジャッシュ UNJASHあの有名人のアルバイトにまつわるさまざまな話をお送りするこのコーナー。 毎回、下積み時代の隠れた努力や、おもしろいエピソードをお届けします。
コンビで全く正反対のアルバイト経験!

児嶋一哉渡部
僕は学生の頃にかなりの数のアルバイトをやりましたね。高校一年生の時、部活を早々にやめてアルバイトをし始めましたから。どうしてかというと、オートバイが欲しかったんですよ。まずはバイクの免許費用を稼ぐためにアルバイトをして、次はバイクを買うために、そのあと大学生になったら今度は車の免許費用を稼ぐためにバイトして、という感じでずっとアルバイトをしていました。

児嶋
僕は…アルバイトはほとんどやったことがないですね。高校を出てこの世界に入って、純粋にお笑いの仕事だけで食えるようになるまで10年以上かかりましたけど、ほとんどの生活費はあんまり大きい声じゃ言えませんけど、パチンコで稼いでいました。といってもパチプロみたいにきっちり大きく稼げるわけじゃないんですけどね。

お笑い芸人がバイトしちゃいかん?

渡部建渡部
僕もこの世界に入ってからすぐにアルバイトは辞めちゃいましたね。と言うのも「お笑い芸人がバイトをするのはちょっと違う、芸人はバイトなんかしちゃいかん」という変な風潮が仲間内にあって(笑)。バイトする時間があったらネタ考えよう、みたいな。

今考えるとそんな事、全然ないんです。むしろ食えてないんだから、本当はどんどんバイトをしないといけないんですけど。何故かそういうルールを決めてたんですよね。たぶん自分らがサボりたかった言い訳なんですけどね(笑)。

児嶋
親父が内装業をやってて、中学と高校の時にそれを手伝ったことがあるんですよ。まあ、それで親父からお小遣いをもらっていたんで、それはアルバイトと言えばアルバイトなんですけど。内装業って結構ハードな肉体労働なんですよ。床材を剥がして、掃除して、また貼って。これを“だいたい○円”で請け負うんだなあと考え始めると、仕事って何だろうなって思ったりして。


バブル全盛の時代のお金の稼ぎ方とは!?

左:児嶋一哉 右:渡部建渡部
僕はいろいろな種類のアルバイトを一通りなんでもやりましたよ。肉体労働からコンビニの店員、短期の交通量調査、ビルの清掃とかもやりましたね。大学生になってからは時給だけじゃ飽き足らなくなって、実績が時給に反映される「能力給」も稼げるアルバイトを色々やりましたね。スカウトとか教材売りとか。“時給プラス出来高”というのに憧れてたんですよね。


肉体労働のあっと驚く裏技!

渡部建渡部
僕は全然力がなくて、しかも学生時代は今よりも10キロくらい痩せてたんですけど、わざとキツい肉体労働系のアルバイトをやってたんですよ。どうしてかと言うと、見るからに力がなさそうなので、すごく楽な担当に配置されるんです。例えば引越し屋なら洗濯機や冷蔵庫とか重いものを運んだりする係じゃなくて、お皿なんかを延々と紙に包む係だったりとか、ビル解体の仕事だったら踊り場のタイルをただ剥がすだけの係だったりとか。キツい現場でもそういう楽な仕事もあるんですよ。そうすると肉体労働系の高い給料を稼ぎながらも、全然肉体を使わないで効率良く稼げるんです。だから力のない人ほど肉体労働系はオススメだと思うんですよね(笑)。

教材売りのアルバイトをしていた時は、中学生の子供がいる家に電話でアポをとって、そこに出向いて教材を売って初めて収入になるんです。一セット売れば20万近くの収入になるんですけど、実際に教材を売るまでは時給すら発生しないんです。結構シビアだけど、月に一セットでも二セットでも売れれば、あとは仕事をしなくてもいいわけですよ。

そんなアルバイトばかりしていたんで、時給800円とかの平均的なアルバイトはできませんでしたね。なにかしら刺激が欲しかったのと、能力給というのが魅力だったんです。そういうアルバイトだとすごく頑張れるんですよね。

あまりアルバイトをしてない人へのアドバイス!?

児嶋一哉児嶋
高校を卒業して、1年後くらいに芸能界に入ったんですけど、卒業後の1年間はパチンコとかパチスロをやってましたね。まあ、プータローですよ。ほんとに何にもしてないです。ひどい話ですけど(笑)。


渡部
当時、どんな気持ちだったかあんまり覚えてないんですよね(笑)。不安でしたけど、他に選択肢があっての芸人じゃないですからねえ。他にやることなんてないんです。自分で「芸人です」って言ってる限りは、ずっと芸人なんですよね。

他に何かいい仕事があったら芸人を辞めていたんですかねえ。“お笑い”でなんとか生活できるようになるまでの10年間は仕事もあんまりなくって、「もうダメかな」と思ったりしましたし、ホントに何もなかったんですよね。だからあんまり覚えてないんですけど、いま振り返るとやっぱり辞めたくなかったんでしょうね。よく続けられたと思いますね。

左:児嶋一哉 右:渡部建それから、当時は今のようにテレビでこんなにネタを披露できると思ってなかったのに、ちゃんとネタ作りをしてたのが財産になってますね。まあ、他にやることがなかったから作っていたんですけど。今思えば、アルバイトする時間は全然ありましたし、どんなアルバイトでも絶対に社会勉強や経験になるので、もっとたくさんやればよかったと思いますね。

児嶋
僕も“経験”として、アルバイトすることは大事だと思いますね。一生懸命働いて稼いだお金は尊いんで、皆さんは色々なアルバイトをして、稼いだお金を大事に使って欲しいですね。って白々しいですかね(笑)。
バイトル情報局